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吉池安恵ブログ 第四回

人は誰でも時々自分自身でコントロールの出来ない感情に襲われることがあります。


“腹が立ってぶん殴ってしまいたい”、“辛くて死んでしまいたい”、“あんな会社辞めてしまいたい”。大抵の人は一生の内一度や二度、そう思った事があることでしょう。でも実際にはなかなか殴れないし、死ねないし、辞められないものです。思うことと実行することの間には大きな川があり、それを飛び越えるのには余程の覚悟が要ります。


私の所に来るクライアントたちは、そうした人たちです。

“別れたい”でも、別れられない。川を越えたい。でも、越えられるだろうか。越えた向こうには何があるのだろうか?そうしたことで日々思い悩み、川岸にうずくまって悶々としている人たちです。

“こうしたら越えられますよ”“越えるのは止めなさい。危険ですよ”何でもいい。何か言って欲しい。うずくまっている状況を変えたいと願う人たちです。

変えたいのは分かっているが、どう変えたいのか分からない。あんまり考えていると、一体自分は何を望んでいるのかさえ分からなくなってくる。はっきりしているのはこのままではいけない、嫌だということ。うずくまっていてはいけないことだけです。


夏目漱石の「門」を読まれたことはありますか?主人公の宗助はそういう人です。“彼は門を通る人ではなかった。また門を通らないで済む人でも無かった。要するに、彼は門の下に立ちすくんで日の暮れるのを待つべき不幸な人であった”と漱石は表現しています。私は決断に困ったときどういう訳か、この言葉をよく想いだします。


パートナーとの関係はその人の人生の幸せを左右します。二人の仲が円満で家の中に笑いが満ちている家庭は、文字通り憩の場所であり、安らぎと活力を与えます。好き合った二人が一緒に暮らすのは当たり前のことで、努力など要らないと思っている人が多いかもしれませんが、一緒に暮らすのは簡単でも、幸せな関係を続けるのは楽なことではありません。ましてや、二人ともが満足のいく関係を維持するにはそれなりの努力が要ります。でも、幸せな家庭生活から得られるものの大きさを考えれば、努力するだけの価値は十分あります。


好きな人と家庭を築くことはゴールではありません。二人で歩む長い人生のスタート地点なのです。


カップルカウンセリングに来る人たちは、パートナーとの関係を大切に思う人たちです。いい加減にせず、逃げず、自分の人生を正直に、丁寧に生きて生きたいと願っている人たちだと思います。


2021年ももう直ぐ終ろうとしています。コロナの情況は昨年末よりはよくなりましたが、先はまだ見通せません。こんな時こそ、家の中に笑顔と安らぎが欲しいと思います。ブログをお読み下さった皆さんにとり新しい年は希望の年でありますように!小さな喜びが降り積むような幸せな年でありますように!心よりお祈りしています。


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